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3月園だより
家(牧師館)が耐震改修のため、最低限の家財を運んで堂守室(ガリラヤ館2階)に仮住まいしている。ここは、もうずいぶん前に、幼稚園の主任の野間屋恵子先生、用務・園バス運転手の野間屋大先生が二人で住んでおられた部屋(2DK)だ。幼稚園舎建て替えの際には、臨時の職員室としても用いられたことがある(から、今もその掲示が残っている)。
建物が古くなって、1階の台所こそ別の水道管で飲用水が引かれているが、水は飲めないし、ガスも使えない。3階にある共同風呂・トイレも利用不可だ。いわば、ないない尽くし。ところが、そんなここ(今、その部屋でタイプしている)が、なんとも居心地が良い。どうしてだろうと考えると、思い当たる節がある。
まず、そんな場所を、教会・幼稚園の関係者が、掃除をし、ござを敷き、暖房を用意し、TVの配線をしてくださった。そんな心遣いが暖かい。また、広いスペースがあった頃、夫婦が、別の部屋で、それぞれの用を足すことが普通だったのが、一緒にすることが多くなったので、自ずと新婚時を思い出す(住まいは今の駐車場にかつてあった古い平屋)。
そう、不便な場所に移って、いろいろなものを失ったように思われるのに、かえって、便利な生活の中で、たくさんのものを失っていたことに気づかされる。ふと、思い出す。新潟・妙高の合宿所の狭くて何もない管理別棟で薪ストーブ生活をした時、我が子が見せた生き生きとした顔を。本当に必要なものは、そう多くはないのだ。
ところが、10カ月齢期を境に、例えば、raとlaを識別することが必要でない社会(例えば日本)では、その識別能力が低下する。こう言うと、早期多言語教育を進めているようだが、わたしが注目させられたのは、むしろ、次のことだ。すなわち、「幼児はどうやって言語を習得するか」である。
クールは、シアトルに住む9カ月齢の幼児に中国語を聞かせる実験結果を紹介する。赤ちゃんを数人ずつ4つのグループに分けた上で、第一グループには中国語のネイティヴと本やおもちゃで一緒に遊ばせた。第二グループには中国語を話すビデオを見せた。第三には音声のみ聞かせた。第四は英語を話す人と本やおもちゃで遊ばせた。さて、その結果は?
わたしたちは、第一グループは中国語に反応し、第四は無反応であると確信をもって予測する。そして、第一から第四まで、段階的に反応力が低下すると考えるのではないか。ところが、結果は、第二も第三も、第四と同様無反応だったのだ。そこから見えてくるのは何か。少なくとも赤ちゃんの言語習得には人との交流が「不可欠」だということだ。
今、丹祐月先生がまもなく出産の期を迎える。その後は育休を得られる。育休はほぼ1年だ。この間の、赤ちゃんへの語りかけは大切だ。その際、よく「幼児語」が使われる。クールによれば、言語学習の妨げになると言われることのある「幼児語」も、実は、幼児の学習に役立つのだそうだ。なぜなら、「親子のコミュニケーション」を後押しするからだ。
うかつなことに、子どもたちが絵本と出会う「鈴の部屋」が、なぜ「鈴」の部屋(正式には、<絵本の部屋「鈴」>)なのか、気になりつつも、知らずに来てしまった。お恥ずかしい限りである。前々任の園長のお連れ合いの榎本璋子(あきこ)さんが、今治を去られる前、新園舎竣工直前、に記された文章を最近読んだので、紹介しておきたい。
今治教会機関紙『まぶね』200号(2008年3月)
保育士を始めて3年目になる次男の声には、何か保護者が先生から助言を受けるような響きがあり、ついこの間まで童謡をようやく歌っていた高1の四男の歌声は、山形の山奥の歌に満ちた全寮制の生活の中で、すっかり脱皮して、青年の輝きを感じさせた。彼らも戻って、新学期。子どもたちと目と目を合わせ、声を聴き合う毎日が始まろうとしている。
幼稚園や学校で出会った音階を奏でる楽器は、まずハーモニカで、次にソプラノ・リコーダー、そして、中学生になってアルト・リコーダーだった。リコーダーは、小指の短いわたしには少々苦労なのだが、なぜか気に入ってしまう。
高校時代になると、プラスチック製に飽き足らず、メイプル材や紫檀材のまで買い求めた。また、バッハの『無伴奏バイオリン組曲』のリコーダー用編曲版に挑戦したり、ヘンデルの『水上の音楽』の編曲を吹いて、アンサンブルが奏でる音を想像したりした。
初めてアンサンブルをしたのは大学1年生のとき。グリークラブの4年生の先輩がクラッシック・ギターを弾いて、わたしのリコーダーと合わせてくれた。いつもは、合唱練習をするランキンチャペルの舞台で、うっとり……。「あ、ミス、先輩ごめんなさい。」
今回の練習でも、四分音符を八分音符で吹き急いで「ごめんなさい。」でも、息を合わせ、気配を察して自分のパートを吹き、あるいは一緒に吹くのは、とても楽しい。子どもらのクリスマス・ページェントの中にあるのも、このアンサンブルの喜びなのだと気づく。
園だより
有名なゴスペル「アメイジング・グレイス」の「グレイス」は「恵み」のこと。10月31日は498回目の宗教改革記念日だが、改革者たちは、人間は自分の行いによって救われるのでなく、神の「恩寵(めぐみ)ノミ」によって救われることを告白した。
さて、最近、わたしの出身高校の女子の徽章を手に入れた(男女別)。それは「雪持ち笹」で、緑の五枚の笹の葉の上に真っ白な雪が乗っているもの。女性の清らかさとしなやかさを意味する。男子の方は文武両道を示すペンと矛のデザインで、「雪持ち笹」に敵わない。
ただ、男子(旧制高松中学)の校歌(新制後は校友会の歌)の作曲家の方は、不思議な縁で、島崎藤村詞「椰子の実」の作曲をした大中寅二(霊南坂教会のオルガニスト)だと知る。
その子息の作曲家・大中恩(めぐみ)は、従弟で芥川賞作家・阪田寛夫の詞に曲をつけた童謡「サッちゃん」「おなかのへるうた」で有名だ。同志社小学校校歌も作曲、こちらの作詞は谷川俊太郎だ。♪偉い人になるよりも、良い人間になりたいな、同志社小の私たち。
「要らない新聞紙をください」そう言われて、慌てて新聞紙を探す。切り抜きのために取り除けたものでないことを確かめて、手渡した。すると、もともとそのつもりでなかった束の中のある面に「くせ字の味は人柄の味」という文章を見つけた。書き手は多摩美大卒の井原奈津子さん。18歳から500人以上を収集し、まねて理解を深めているとのこと。
個性的なフォント(書体データ)は売り買いされている時代、個人的に創造するのには限界があるが、「くせ字」ならば無尽蔵だ。そういえば、札幌で北星学園の高校教師をしていた頃、書道教師で書家の山田聳宇(しょうう)先生が、三悪筆と呼ばれた同僚教師の「書」を臨書しながら、その個性を抽出するのを見て驚いたことを思い出す。
めぐみ幼稚園は、自律性を引き出す自由保育をしているが、そういう保育であればあるほど、背後に、伸縮自在ながらも、カリキュラムがしっかりしていなければならないことを意識している。それゆえ、音楽・絵画造形・体育・遊びなどについてまとめてきたが、「きく・はなす・よむ・かく」については、学校化をおそれて、家庭に委ねて来た感が強い。
夏の園内研修では、「きく・はなす」について、絵本・歌・わらべ歌等の実践を意識化・共有化し、3年間を見通すことに手をつけた。「よむ」についても、日常的に文字に親ませていることを確認した。一方、「かく」は未開拓。幼稚園らしく、個々の字固有の造形(リズミックなフォルム)を意識させつつ導入したい。将来の個性豊かな書家(?)のために。
7月園だより
雨の季節はまだつづくけれど
こどもたち全体の集まりの時に、「♪かえるのうたが」を輪唱した。こどもたちが、歌い始めると、先生たちが追いかける。途中、こどもはクヮクヮクヮクヮ、先生はグヮグヮグヮグヮグヮ、こどもケロケロケロケロ、先生ゲロゲロゲロゲロ、クヮクヮクヮ、グヮグヮグヮグヮ。どこまでも追いかけてくるがまがえる、あまがえるたちは逃げる逃げる逃げる。
この題名、実は「かえるのうた」ではなく「かえるの合唱」だ。元歌はドイツ語で、「夏の夜通し、かえるの歌が聞こえる。クヮクヮクヮクヮ、ケケケケケケケケ、クヮクヮクヮ。」わたしは「ケロケロ」と思っていたが日本語でもドイツ語同様「ケケケケ」派が多い。
そんな雨の季節には、6月の賛美歌「♪ぱらぱら落ちる 雨よ雨よ」がぴったりだった。「♪ぱらぱらぱらと なぜ落ちる」。「なぜ?」とふと考える。すると、こう続く。「♪かわいた土をやわらかにして きれいな花を咲かすため」。
雨の季節、きれいな花を咲かすのはあじさい。そして、あじさいにぴったりなのがカタツムリだ。「♪でんでんむしむしカタツムリ お前のあたまはどこにある」。そう! 殻に閉じこもって動かないのが、「角出せ、槍出せ、あたま出せ」に応えて、あたまを出す。
あたまを出しても、まだ見えないものがある。「♪でんでんむしむしカタツムリ お前の目だまはどこにある」。子どもたちが、「角出せ、槍出せ、目だま出せ」と待ちわびていると、じわっと目玉を突き出して、動き出す。そんな姿を子どもたちがクレヨンで写し取る。
6月園だより
♪耳をすまして風を聴く
鯉のぼりの季節が終わろうとしている。風を感じる季節だった。風を受けて気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼりをもう少し観ていたい。子どもの教会では、この季節、凧揚げや紙飛行機飛ばしをする。やはり風を感じるためだ。
風がないと、鯉のぼりも、凧も元気が出ない。実は、人間も同じである。神さまからの風=聖霊(せいれい)を受けて、のびのびとこの世を泳いで行くのだ。その風は強ければいいわけではない。優しく、時には厳しく、愛情のこもった風が人を生かす。
先月も紹介したカトリック神父塩田泉さんの賛美歌集の中に、今時にぴったりの歌「生きる」を見つけて、子どもらと歌っている。余り音程の上下のない楽譜には、「ゆったり委ねて」と指示があって、幼子らにはどうだろうと思っていたが……。
♪耳をすまして風を聴く 神ののぞみを受けとめて
目をこらし風を観る 聖霊のながれ見つめつつ
耳に手を当て「風を聴き」、二本指で向こうを「見つめる」と子どもたちの歌に魂がこもる。
伴奏は、ギターのような沖縄出身の楽器「奏生(カナイ)」だ。以前保護者講演会で来園した「オマチマン」からプレゼントされたもの。小さな指ピックをつけて、一節ごとにCGCG(後半はオクターヴ上)と間奏を入れる。歌とともに子どもたちの心と体も動き出す。
5月園だより
♪キリストの平和が
4月が終わる。こどもたちのあの声も聞けなくなる。「しがつのせいく:しゅイエス・キリストのめぐみとへいわが、あなたがたにあるように。」実は、その聖句に合わせて歌ってきたのが「♪キリストの平和」である。「♪キリストのへいわが、わたしたちのこころのすみずみにまでいきわたりますように」カトリック神父塩田泉さんが学生の頃の作だ。
氏は、その後も、シンプルでやさしい言葉とメロディーの歌を作り続けておられる。昨年以前より在園の方なら、昨年のクリスマス・ページェントの「天使の(マリアへの)お告げ」のところで歌われた賛美歌をご記憶だろうか。あれも、塩田さんのもの。「♪めぐみあふれるマリア、主はあなたとともにおられます 主はあなたをえらび、祝福されました」
さて、「♪キリストの平和」は少々抽象的かなと思い、手話つきで紹介した。「♪キリスト(両掌に釘跡を残す主)の平和(自分の両掌で握手してぐるっと輪を描く)がわたしたちの心の隅々にまで(左手で前を囲んだ内側に右人差し指を上から下へ動かす)ゆきわたります(畳んだ腕を伸ばしながらそろえた指を開いて行く)ように(お祈りの組み手)」
東京町田の「しぜんの国保育園」で保育士3年目の次男・足日(何と読むでしょう?)が、初めて担任となった。3歳児クラスだ。これまで、副担任としてやってきた時とは違って、苦戦している。もっとも、同僚の経験豊かな副担任に助けられているのだが……。
足日は言う。「やっぱり違うね……」、「どこが」とわたし。結局、ベテランは、子どもたち一人一人の性格や、その日園に来た時の様子を踏まえつつ、クラス全体としての動きを予測して、必要な声掛けや、援助をしているらしい。
でも、わたしはひとりごつ。「君も、自作の大紙芝居(オリジナルストーリー)等でがんばってるよ。」つい先日は、「(いわさき)ちひろ美術館」で開催中の「聖コージズキンの誘惑展(スズキコージ絵本原画)」に行って、再び創作意欲を燃やしているようだし……。
「めぐみ幼稚園」も、「ゆうこ先生」「ともこ先生」を送り出し、「ゆづき先生(経験1年)」「ちあき先生(新卒)」「たえ先生(事務室)」を迎える。それぞれ、「めぐみ」の新人だが、個性豊かなスタッフであり、得意を伸ばしつつ成長することを楽しみにしている。
どうか、彼らとベテラン・スタッフで歩み出す、新しい「めぐみ」をよろしくお願いします。これまで通り、子ども・保護者・スタッフが「共に育つ」中で、「やわらかに」「のびやかに」「あわてず」、まだ見ぬストーリーを紡いで行きましょう。はじまり、はじまり。
3月園だより
森永ハイクラウン50年に寄せて
「ロダの会」で絵本や物語を紹介し合う中に、『白鳥とくらした子』(原著1938年)があった。作・絵はシシリー・メアリー・バーカー、『花の妖精』シリーズで有名である。わたしがそれを知っているのは、幼い頃食べた「森永ハイクラウンチョコ」に彼女の『花の妖精』カードが1枚ずつ入っていて、いつも楽しみにしていたからだ。
わたしが卒園を迎えた1964年、普通のアイスクリームが10円、病気の時にようやく30円のアイスを買って貰えた時代に、パッケージも美しく登場した「ハイクラウン」は70円もしていた。なぜこんなぜいたくを……と思われるかもしれないが、実は、父がパチンコのおみやげ(景品)に、家族サービスで、このチョコを選んでくれたのだ(と思っている)。
さて、『白鳥とくらした子』では、女の子の父親が金稼ぎに航海に出る。彼女は留守世話役の家政婦に蔑にされながらも、かつて父が助けた白鳥たちに守られて成長する。何年も経って下船した父は、稼いだ金を人助けで服一枚と交換してしまっていた(実は不思議な服)。そして再会。非を詫びた家政婦は娘の父に赦され、三人は支え合って生きて行く。
父親は、先には、娘のためを思って、結局、娘を置き去りにしてしまった。しかし、今度は、娘のことを顧みずに人助けをして、却って、娘に大切な物を得た。思えば、彼がいない間娘を助けてくれたのも、彼がかつて目の前で苦しんでいるのを助けた白鳥であった。ためにすることはためにならず、ためにしないことがためになる。子育てはこういうもの。
今治キリスト教会の元旦礼拝に、恒例の成人祝福式を行った。時間をつくって4人(10日後にもう一人)の卒園児が来てくれた。その際のプレゼントは、ここの所、エリナー・ファージョン作『マローンおばさん』の小型絵本(絵:エドワード・アーディゾーニ)だ。
ファージョンは、物語の名手、『ムギと王さま』で第1回国際アンデルセン賞を授与されている。そんなファージョンに『エルシー・ドピック、ゆめでなわとびをする』がある。こちらは、シャーロット・ヴォークの水彩画が物語世界を映し出す、大型絵本である。
なわとび上手の少女、エルシーの評判がケーバーン山のフェアリーたちに届く。エルシーは、なわとび師匠アンディ・スパンディから三日月の晩ごとに、なわとびの秘術を教えてもらうことになる。驚くべきエルシー!そして、ケーバーン山はなわとびの聖地に。
やがて、その小さなとびなわが体に合わなくなると、その秘術も出来なくなる。彼女の評判は記憶の底に眠って行く。ここまでが前半。ふと、幼き我が子たちの披露してくれた秘術の数々を思い出す。今は、少々得意だが、普通の青年・少年だ。
物語後半は、ケーバーン山が新しい地主によって開発されようとする危機から始まる。ここで筋を語ってしまうのはNGだろう。ただ、普通のように見える我が子たちの中に、眠っているようだけれどエルシー・ドピックは生きているという読後感のみ記しておこう。
「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」−1月の聖句より 伝道師 松田直樹
私は説教等でよく幼稚園のネタを使わせてもらっているが、その時、「こども」とか「こどもたち」という言葉を使う。説教で名前を出すわけにもいかず、ある種、便利な代名詞として用いているのだ。しかし、「こども」なるこどもがいるだろうか?
実のところ、私にとっても「こども」は「こども」でしかなかった。だが、こどもたちと過ごすうちに、とりわけ、給食を共に食べるなど一緒に過ごすことの多いほし組の「こども」の名前は自然と覚えてくる。最初は似たよう顔に思えて見分けがつかなかった「こどもたち」も、気がつけばどう頑張っても見間違えようがなくなってしまう。そうなれば、自然と、漠然とした「こどもたち」ではすまなくなる。
一月の聖句には共に座っている「兄弟」の姿が描かれている。この「兄弟」になるということは、つまり、そういうことではないだろうか。誰でもいい誰かでも、どうでもいい誰かでもない、その子でなければならないその子として愛する。それも、この「世」に産み落とされて「生きる」と言う同じ運命を背負った兄弟として。
しかし、私たちは祝福された。兄弟と共に座っている今は、その恵みと喜びを祝し、心行くまで遊ぶための時なのだ。神は「兄弟」を祝し、その時を与えて下さった。「こども」と接する時、「こども」と話すとき、「こども」と遊ぶ時、そのような兄弟として接し、兄弟として話し、兄弟として遊ぶことができたら、それは「なんという恵み、なんという喜び」だろうと思う。
12月園だより
クリスマスの香り
クリスマスを待つ季節(待降節=アドヴェント)になると、キリスト教会ではアドヴェントクランツの4本のろうそくに毎週一つずつ点灯して行く。全てのろうそくに灯が点ると、クリスマスは目の前だ。今年も、11月30日のアドヴェント第1日曜に向けて、前日29日に点灯式を行う。併せて、イルミネーションに光が踊る。
わたしが記憶しているアドヴェントクランツは、ヒノキの葉に赤い実の付いたセイヨウヒイラギの葉を加えてドーナツ型に作ったものだ。青い葉が放つ生命の香りが、記憶に残る。今治教会では、クランツと別に、藤田司先生が、毎年、大きなクリスマス・リース作りに工夫を凝らす。時が来ると、先生は香りに包まれつつ、リースを礼拝堂入口に提げる。
嗅覚は、「過去を呼び起こす桁外れの能力を備えている。」「それが何の匂いか、嗅いだときの情景はどうだったのか、その時にどのような感情を覚えたかなどを次々と喚起させる」(樺山紘一編『歴史学事典第2巻』)。ツーンと鼻を突く冷気の匂い、木の葉の香り、そして、燻るろうそくの香り、その全てがクリスマスの到来を告げる。
子どもたちに、自然と暮らしの中にある、様々な香りのプレゼントをしてみては? クリスマス・リースを一緒に作ってみるとか……。きっと、子どもたちの嗅覚を通して、消えることのない思い出が刻まれることだろう。そうそう、本当のヒイラギは、同じ葉形ながら、実の方は紫。ただし、アドヴェントに咲く白い花は、素敵な香りを放つ。
11月園だより
キンダーガートゥナーズ
9月の終わりに、ドイツ・ミュンスターから二人の御嬢さんが今治教会・めぐみ幼稚園を訪れた。東京から福岡まで、(さらに韓国の仁川まで)の自転車旅行の途中で立ち寄ってくれたのだ。四国八十八カ所巡りではないが、教会を宿にしての長旅の一期一会である。
食事を共にしつつ、わたしたち家族は、眼鏡をかけた活発なミリヤと、長い髪の物静かなハンナと会話を楽しんだ。ただ、ミリヤが「何人のキンダーガートゥナーがいるの?」と問うたのに対して、わたしが「110名ほど」と答えると、不可解そうな顔をした。
話の流れで、教諭の数のことかと思い当たったので訂正した。かの語には「幼稚園児;教諭」双方の意味があった。園児の場合が「幼稚園のメンバー」ほどの意味なのに対して、教諭の場合は、語源に即して「子どもの園の園丁(ガーデナー)」である。
ガーデナーは、庭園の造作・維持・管理などの関わり、植物学的知識を持つ専門家。であれば、わたしたち「キンダーガートゥナー」の役割を改めて思う。ただ、その庭は、拘束性の高いフレンチガーデンではなく、より自然なイングリッシュガーデンだろう。
新年度より、国の子ども・子育て支援新制度が始まる。長年目指されていた幼保一元化が、複線(=一体化)の形で実現する。5歳児については、小学校準備教育的側面が強調されるが、むしろキンダーガートゥンならではの教育のひとつの到達点として充実させたい。
10月園だより
「キハ」の疾走
「鉄ちゃん(鉄道ファン)」を自認するチャプレンの松田直樹せんせいは、子どもをわきに抱え、あるいは「お姫様抱っこ」して、砂煙を上げながら園庭を疾走する。ああ、これは「キハ」だ、と思わずひとりごちる。「キハ」とは、鉄道の車両についている記号で、「キ」は制御車(運転台)付きディーゼル車、「ハ」は普通車(イロハの一番下)を示す。
なぜ、「クモロ」、すなわち、制御車付き電車(クモ)のグリーン車(ロ)ではないか。「なおき号」は、どう考えても架線から得た電気でモーター動かし、静かに走る電車ではなく、軽油を飲み込んでガガガーと唸りつつ走るディーゼル車からだ。その乗り心地もグリーン車ではなく普通車だ。でも、子どもたちは、「キハ」を「キイ(特等車)」のように愛す。
実は、昔から「キハ」という呼び名は知っていた。でも、それが何であるかを積極的に調べようと思ったことはない。ところが、以前、教会&園のバザーで手に入れた古本で、小学生向けの絵本『算数と理科の本8 記号のなぞとき』の中の「機関車・電車の記号」の頁を開いたら、出てきた。列車の記号の分類がわかると、とたんに親しみが湧いてきた。
ところで、その際購入した、同シリーズの第17巻最終頁に、これらの本の持ち主であった子どもの字で、「○こんどかう本」「□かった本」「△この本の名まえ」とあった。漢字の使い方から、おそらく小学校低学年。ちゃんと分類して、これらの本を愛読しているのが分かる。今42歳頃の彼(女)は、どんな大人になっているのだろう。
9月園長だより
虫眼とアニ眼
めぐみ幼稚園の先輩教師・白石美恵子先生から文庫本をいただいた。養老孟司・宮崎駿著『虫眼とアニ眼』だ。最初の20頁ほどは宮崎駿の文とカラーのイラストで、いきなり宮崎ワールドとなる。「ぼくの知りあいに 虫眼を持つ少年がいる。絶滅危惧種のメダカだってわけなく 見つけてしまうのだ。ぼくだって子供の頃は持っていたはずなんだが……」
今では子供までも虫眼を失いかけている。そこで宮崎は、「家をかえよう 町をかえよう 子供達に空間と時間を!!」と気炎を上げる。まるで『紅の豚』の主人公「ポルコ」のように。そこで「まず」考えたのは、「町のいちばんいい所に子供達のための保育園(幼稚園もかねる)を!」ということ。園が「まず最初」というのが、何とも、いいではないか。
「子供達が夢中で遊べる所。地域の子供なら、誰でも入れる所。木や土、水と火、いきものと触れる所。子供達が家へ帰りたがらない保育園をつくる!!」「大人が手と口を出さなければ子供達はすぐ元気になる!!」園の地続きにはホスピス、そこに子供達が侵入する。広場は、ただの原っぱ。なんとなくあいている空地。
周りに拡がる町の名は「イーハトーブ」。宮澤賢治の心の中に在る理想郷の名だ。街並みも、家々も造り込みすぎず、それでいて、不思議な調和がとれている。そこには、自由な成長を保証する「設計図」がある。それは、50年前、小さく塀もない幼稚園で、虫や小さな魚を追いかける僕をそのまま受け留めてくれた先生たちの「心」の中にもあったものだ。
7月園長だより
木々のいのち、木々の心を生かして
先日、出来立てほやほやの本が「謹呈」の栞と共に送られてきた。『木霊 百年生きる木造建築』である。その表表紙には、後ろ手に森の木々を見て歩く白い顎鬚を蓄えた紳士、裏表紙は、両手を添えて立派な木を見上げる働き人が写る。帯にはこう書かれている。「こんな大工が、こんな建築家が、とことん議論を闘わしながら、正直な家づくりを続ける…。」
一方、「こんな大工」とは、村尾さんの教え子であり、家づくりのパートナー小川正樹さん。西岡常一の唯一の内弟子で薬師寺西塔の再建に携わった宮大工棟梁・小川三夫から自宅の建築を任されるほどの職人だ。
本の表紙を見た瞬間、教会納骨堂建築の施主として、二人に誘われ、根曲り杉を切り出したばかりの山に、雪を踏みしめ分け入ったことを思い出した。それは、伐採という死の現場でありながら、新しい生への変成の場でもあった。そうなりえたのは、立ち木が、単なる木材になるのではなく、その個性を生かされて新しいいのちの一部となっていくからだ。
わたしたちの子育ても、根曲りの個性的な杉を、扱いやすい建材へと均質化してしまうのでなく、厄介だけれどかけがえのない役を担う素晴らしい柱にしていくものでありたい。それが木々(子どもら)のいのち、その心に応えることだ。
6月園長だより
息子たちを訪ねて
日曜朝礼拝を終えると、東京出張に出かけた。新横浜から横浜線に乗り換え、JR町田駅着、6時間の旅の後、東京在住の3人の息子たちと夕食を共にする。長男が大学生だったころバイトをしていた醤油料理・天忠。味に間違いがないので、安心して会話を楽しんだ。
その夜、次男と三男がシェアするアパート泊。学生の三男は、授業準備が大変だと、奥の部屋へ籠る。保育士の次男も机に着いて、園のバザーに出品するための作品づくりの続きを始めた。小学校の頃手に入れたスズキコージの絵本原画が作業を眺めている。
レースの縁取りが施された段ボール素材の手作りキャンバスには、青空と雲とが配されている。そこに、白い厚紙を立体に組んで、いくつもの雲を浮かばせるらしい。静かに鋏の音が響く。こんなに手間暇かけても、「1,000円くらいで売れたらいいな」とのこと。
月曜は、早朝から満員の小田急電車に揺られ、中央線に乗り換えてお茶の水で降り、夕方まで、キリスト教保育連盟総会と学習会。「子ども・子育て支援新制度」についての講師は新制度の委員とやらで、「まだ公にできないこともある」と歯切れが悪い。
5月園長だより
子どもの日に寄せて
ある休日、田畑の続く郊外に車を走らせた。ソメイヨシノは八重桜に主役を譲り、道々、藤や桐の紫色が目を引く。そんな中、集落のところどころ、五月の節句のこいのぼりが、薫風に泳いでいる。一軒一軒に、家族の愛情を一杯に受けている子どものいることが想像され、心が温かくなった。
節句と言えば、わたしたち夫婦は、道後を訪れると一刀彫「南雲」のお店に立ち寄る。そこに置いてある「桃太郎の誕生」を見るたび手が伸びて、でも、値札を見て、手を引っ込める。もっとも、夫婦のマイブームは、もっと一般的な(安価な!)、しかし、伝統的ないわれを持ち、人情のある「民藝」品の方である。
わたしが一時育った高松には、赤い着衣の「奉公さん」がある。「病を得たお姫様の病を、身に移しうけ、お姫さま全快の祈願をこめて、海のかなたの離れ島に流し人となり、短い一生をおえたおマキ」の記憶を宿す人形だ。以来、奉公人形は子どもの病を身に受けて海に流されつつ、彼らの病を癒してきた。十字架上に人々の罪を引き受けたキリストに似る。
最近、妻が教えてくれたのは、京都・伏見人形の「饅頭喰い」。「両親のどちらが大事かと聞かれた子供が、手に持っていた饅頭をふたつに割り、どちらが美味いかと問い返した」という説話に基づくもので、この人形を飾ると子どもたちが賢く育つらしい。もっとも、飾るのは賢く育てるためでなく、こんな子どもの賢さに目を瞠り、親業を深めていくためなのかも知れない。
4月園長だより
桜の木とともに子どもたちを迎え、送り出し
桜の花がほころび始めた3月の終わり、歴任幼稚園スタッフも大勢迎えて、めぐみ幼稚園の60年をお祝いする会を持った。卒園したばかりの子どもたちの歌に、ここで育った数えきれない子どもたちの面影を追う。98歳となられた第二代園長・上野光隆牧師も、京都から駆けつけて、祝福の祈りをささげてくださった。
集まった人々の中に、一輪、あでやかな、桜色の和服姿があった。30年程前まで主任をつとめてくださった川添先生だ。昨年怪我をされながら、『記念誌(未発行)』のために、園庭で春を彩っていた桜の古木に寄せる一文を届けてくださった。漸く癒えられたら、今度は病で倒れられた。集いへの出席も危ぶまれた。……そして、春。桜は咲いた。
あれは風の冷たい二月ごろの事だったと思います。年長組の子どもたちが桜の太い幹の周りにイーゼルを立ててこの木を描くことになったのです。子どもたちはめいめいその幹にさわって、「固いな」、「どこに花が入っているのかな」などといいながら、鉛筆で描き始めたのでした。春には新しい芽が吹き、やがて蕾が出来てきて花が咲くのだよ、などと口々にいいながら、寒さも忘れて描いていました。……あのころ、桜の古木は画材としては幼児たちには難しいと思ったのですが、出来上がった作品はそれぞれ見事なものでした。子どもたちの真剣なまなざしや、鋭い表現力に圧倒されたことをいまもあざやかに思い出します。そして、あの門の桜が、成長した幼児一人一人の胸の奥にいつまでも残っていると信じています。
川添綾子「刻の宴」より
先日、神谷徹さんがストロー笛で、多彩な演奏をしてくださった。長さの違うストロー、形の違うストロー、それは虫になり、動物になり、ボールになり、ロケットとなり飛んで行った。リコーダーのように指孔を開けて音の高さを変えるものもあれば、トロンボーンのように管の長さを変えて音程を変えるものもある。
先が完全には読めないのがわくわくするリトミックと似て、創り出される音の意外性、時には失敗する(けれどそれを工夫で成功へと導く)手作り感に、聴き手は、聴いているというより、演奏者と一緒になって音を楽しんだ。にんじんトロンボーン作りの実演でも、「ほんとうにうまくいくのかな」……はらはらしながら見守ると……「鳴った!」
どの一つも同じ音色はない。昔読んだ武満徹の言葉を思い出した。「音というのは生命と同じように多様で、たとえばド・レ・ミ・ファ・ソのドの音にしてもフルートの吹く音とオーボエが吹く音とでは性格がぜんぜん違う。……一つの音には測り知れないほどの夾雑物があると考えている。そうじゃないとその音を具体的な音として支えることができない。」
「測り知れないほどの夾雑物」とは、わたしたち人間の「ひみつ」「ふしぎ」だ。兄弟姉妹で、似た遺伝子、似た生活環境を持ちながらも、誰一人同じ子がいないように、それぞれが異なった潜在的可能性を持ち、その子ならではの経験をして成長している。「その子にしか出せない音」を支える「夾雑物」を、美しくも不完全に結晶させながら。
2月 園長だより
鬼はそと!
たまたま新月で始まった新しい年も、満ち欠けする月に導かれながら、新月に戻った。今日は、太陰太陽暦の元旦である。そして、まもなく節分がやってくる。鬼がやってくる……わけではなく、やってくる鬼を払うのだが……。
この季節が巡って来るたびに思い出すのは、息子たちの保育園での節分行事である。時には、「バリン!」、ガラス戸を壊して鬼が侵入してくる(あまりに迫真の演技で、勢いの余り割ってしまったのであるが、観ている方にすれば、ただごとでない)。
ある年の「豆まき」、元気のいい響(長男・ひびき)が、代表して鬼に立ちはだかる。鬼は、「俺たちの国へ行くか?」と問う。響は「いいよ」と答える。するとと、ぐいぐいぐいと本当につれて行かれそうになった。響の顔がこわばる。
やりとりを「ひとごと」として観ていた他の子どもたちも固まる。それを観ていた足日(次男・たるひ)は、固まる域を超えた。不安と怖ろしさにくしゃくしゃとなった顔の奥から、怒りの形相で鬼を睨む。後ずさりしながらも、兄を救おうと、懸命に豆を投げた。
そんな弟を、兄は今も(精神的に)頼りにしている。鬼に勝つだけの力があるからではなく、そんな鬼にでも我を忘れて立ち向かってくれる奴だから。足日は、勤め始めた「しぜんの国保育園(町田市)」で、鬼の役をやると言う。今、その準備に余念がない。
1月 園長だより
かぐや姫の物語
我が家では、子どもたちへのクリスマス・プレゼントに本を一冊買うことにしている。ファッションの世界を目指す三男のために選んだのは『デッサン・ド・モード 美しい人を描く』で、長沢節の書いた本の新装版だった。1917年に生まれ、1999年に既に亡くなっている長沢の、古びることのないデッサンは、彼のことを何も知らないわたしの目を止めた。
ところで、子どものための買い物なのだが、自分の本も一冊買った。和風の装丁が美しい『月のこよみ2014』で、天文関係の出版社から出ているものだ。そこで2014年が月齢0.0から始まる珍しい年であることを発見。この本、毎月の星空も載っていて、天空を黄色い月が満ち欠けしながら、空色の天の川を横切り、赤い軌道を巡っている。
正月4日、上の二人の息子が仕事のため帰京した夜、「月」を題材にした映画『かぐや姫の物語』を家族4人で観た。テーマもさることながら、監督の高畑勲が、極力余計な線を排し、日本の絵巻物の手法を活かして作っているのが、実際どう映るのか気になっていた。果たして、スクリーン上には、まるで紙の手ざわりの画が、生き生きと動いていた。
はっとさせられた。長沢節の服飾デッサンも、『月のこよみ』のデザインも、高畑勲の映像も、こまごまと書き込んだり、べったり塗り込んだりしていない。色も最小限のものに抑えられている。その分、わたしたち見る側の想像力を引き出してくれる。わたしたちの子育ても、そんなものでありたい。8日の今宵は、完全な半月である。虚心に見上げよう。
12月 園長だより
伝えたい・聴き取りたい・感じたい……それだけで
子どもの教会では、11月24日の日曜日、礼拝の後、いつもガリラヤ館の2階で礼拝をしている東洋ローア・キリスト伝道教会と交流した。「手の言葉」を使われる方々とコミュニケーションするということで、予め、指文字での自己紹介や手話賛美の練習をして備えた。
その日、どきどきしながら、会場である牧師室に集まった。しかし、相手方は積極的に手話で話しかけてくださり、こちらもおそるおそる、合っているか合っていないか、自身のない身振り手振りで応じると、気持ちが通い始めた。
そのうち、筆談をも交えながら、とにかく、伝えたい、聴き取りたい、感じたい、ただそれだけだったのだが、気まずい間が生まれる余地もなく、会話が続いていった。そのうち、互いに立ち上がったり、目を大きく見開いたり……ちょっとした祝宴となった。
子どもたちは手話賛美を披露した。その後、何名かが覚えたての指文字自己紹介をしたら、ローアの方々が「こうも表現できる」と、○月ちゃんの「月」は三日月の形とか、藤○ちゃんの「藤」は藤棚から下がる藤の花の形とか教えてくれた。
すると、不思議、ふしぎ、その子の名前が、生き生きと立ち上がった。「手の言葉」が、こうして、存在感豊かに、ぼくたちの目の前に現れた。今度、お会いする時には、習いたての「こんにちは」で、「可愛く」挨拶できると思うと、今からわくわくする。
11月 園長だより
わたしは、「あさ」をテーマとした絵本を二冊持っている。一冊目は、ずっと昔に購入したユリー・シュルヴィッツのDAWN(第5刷1986、初版1974)だ。頁をめくると、山間の湖の、静かなしずかな夜明けに、いつ間にか、入り込む。息子たちにも読み聞かせた。その後、『よあけ』として、瀬田貞二訳(1977)で福音館書店からも出ていることを知る。
10月 園長だより
子どもたちと「お月見」をしましたか?
「9月19日は何の日?」「仲秋の名月」、「お月見をした人?」「見たよ」「……」、「お団子を食べた人」「お団子?」「……」、「ススキを取ってきた人」「……」「……」。実際に子どもに質問したわけではない。でも何人かのお母さんから聞いたところでは、こんな感じだ。
我が家は、その夜、突如思いついて、久しぶりに「お月見」をした。怜の大好きな松田直樹先生も呼んで。妻は有り合わせのうるち米の粉で団子を茹で(餡子も添え)、近くのススキを刈って花瓶に活けた。庭に木のベンチを出して、木の折りたたみ椅子を拡げた。
空は前日ほどクリアでなかったが、満月はそこそこの位置まで上がっている。それを、電線が邪魔をする。街中での月見は無粋だ……としばらく月を眺めていると、やがて、白いまん丸の月は、電線にかかる。今度は、次の電線との間に入る。「ミだ!」「ファだ!」
そうなると、一句ひねり出したくなった。というのも、札幌時代、まだ小さかった息子(2人!)と、住んでいたマンションの中庭から満月を見上げながら、句会でもないが、共に一句をひねり出そうとして、互いの陳腐な句に笑い合ったことを思い出したからだ。
今年の作は、「満月や 空の五線譜かけあがり」。あの日の満月を見上げた次男(保育士)に電話で「どういう光景を詠んだ句かわかる?」と聞いたら、苦笑しながら、一応分かってくれたが、やっぱり陳腐だ。「満月符(=全音符)」に替えると……くどいか……
風流とはとても言えない「お月見」だったが、何かゆっくりした時間が過ごせた。怜と松田先生は、砕石の庭(駐車場)に仲よく這いつくばって、石の間からたくましく生え出たドクダミを臭っている。いつの間にか、満月符は、五線を抜け出て輝いていた。
2学期に向けて、二日にわたって園内研修をした。『実践記録集』のための発表、運動会のイメージ作り、一学期の振り返り、二学期の当面の予定。子どもたちを育てるための課題は山積、難しい顔も、時には涙も。しかし、互いのユーモアの中で笑顔がこぼれる。
だから、というわけでもないが、二日目の最初に、わたしが出したクイズは、蚊とゴキブリと人間、一番速いのは?というものだ。何人かに答えてもらったが正答者はいなかった。ここで、先を読むのをやめて、どれが一番か考えてほしい。答えは最後に記しておく。
ネタ本は、京都の恵文社一乗寺店の書棚で出会った、松田行正編『1000億分の1の太陽系+400万分の1の光速』。太陽系の半径、50天文単位(太陽と地球の距離の50倍=75億?)を1000億分の1のスケール(600頁=7500?=75m)に縮めて表現したものだ。
これを繰っていると、改めて地球と太陽の近さを感じる。また、太陽系で最も遠い海王星でも全太陽系の6割の位置でしかなく、その先4割をなお太陽の作用圏にあることが分かる。ふと、幼いころの子どもとの関わりが、その子の生涯を支える光となることを思う。
編者は、光が1秒間に進む距離30万?を400万分の1にして、同じ頁数の中に表現した。水星を少し過ぎたところに、蚊の飛行速度69?/秒が出てくる。その後、金星さらに地球を過ぎたところに、人間の歩行速度とゴキブリの速度が1.5m/秒で、仲よく登場する。
皆さんは正しく答えられただろうか。わたしたちの想像と、実際とは一致しない。だから、わたしたちの基準で子どもを測るのでなく、子どもが何を思い、どうふるまっているかを注意深く観察して、彼らに寄り添いたい。そこから新たな出会いが始まる。
7月 園長だより
6月 園長だより
5月 園長だより
2013年度4月 園長だより
28年前、今治めぐみ幼稚園でチャプレン=幼稚園付き牧師(の卵)を3年間務めました。その頃、園の正門には大きな桜の木がありました。始園・入園式のころともなると、桜は、幹から広がる枝々を薄桃色の花衣で装って、子どもたちを迎えてくれたものです。
3月 園長だより
2月園長だより
1月 園長だより
12月 園長だより
11月 園長だより
10月園長だより
9月園長だより

夏休みに入った最初の月・火、今治教会の子どもの教会では、休暇村・瀬戸内東予キャンプ場にでかけた(卒園児も多数)。自然の中のキャンプサイトには珍客も現れる。日頃、草や木の枝にくっついて擬態(カモフラージュ)しているナナフシは、テントに張り付いてバレバレ。
7月 園長だより
6月 園長だより
とりわけ、「いのちの息」によって子羊が危機を乗り越える場面は、遠い昔から人々に鮮烈な印象を与えてきた。こうして生き始めた「こひつじ」のいのちがよどまないように、羊飼いである神さまは、その後も、「いのちの息」を吹き込んでくださる。
2012年4月 園長だより
3月 園長だより
2月 園長だより
1月 園長だより
12月 園長だより
11月 園長だより
10月 園長だより
9月 園長だより
8月園長だより
6月園長だより
5月園長だより
2011年4月園長だより

